
「妻は認知症で、すでに十分な財産を持っている。だから、自分が亡くなったときは、妻には相続させず、長男と次男に財産を渡したい」
このようなご相談を受けることがあります。
たしかに、遺言を作成することで、ご自身の財産を誰にどのように承継させたいかを明確にすることはできます。
しかし、ここで注意したいのが「遺留分」です。
特に、配偶者が認知症で成年後見人が選任されている場合には、遺言を作っただけでは将来の相続トラブルを防げない可能性があります。
今回は、認知症の配偶者がいる場合の遺言と遺留分について、税理士の視点から整理します。
1.認知症の配偶者でも「遺留分」はなくならない
まず押さえておきたいのは、配偶者が認知症だからといって、遺留分がなくなるわけではないということです。
遺留分とは、一定の法定相続人に法律上保障されている、最低限の遺産の取り分です。
遺言によって「長男と次男にすべて相続させる」と定めたとしても、配偶者の遺留分まで当然になくなるわけではありません。
ここは、「遺言で自由に財産を渡せる」という話と混同しやすいポイントです。
2.「妻には相続させない」という遺言は作れる?
では、「妻には一切相続させず、長男と次男に財産を渡す」という遺言そのものは作れるのでしょうか。
遺言では、財産の承継方法を指定することができます。
しかし、遺言の内容が有効であることと、その内容によって遺留分までなくなることは別の問題です。
つまり、
「遺言どおりに財産を承継する」
ことと、
「遺留分を侵害された相続人から請求を受けない」
ことは、同じではありません。
ここを理解しておくことが、相続対策では非常に重要です。
3.配偶者には遺留分が認められている
配偶者は法定相続人です。
そして、一定の要件のもとで遺留分が認められます。
そのため、たとえば、
・妻にはすでに十分な預貯金がある
・妻自身の財産だけで生活できる
・夫婦それぞれの財産を分けて管理している
といった事情があったとしても、それだけで妻の遺留分がなくなるわけではありません。
「妻は十分な財産を持っているから、私の遺産は子どもたちに全部渡しても問題ないだろう」
と考えて遺言を作る場合には、遺留分についても確認しておく必要があります。
4.配偶者が認知症なら成年後見人が関わることも
では、配偶者本人が認知症の場合はどうでしょうか。
認知症の程度などによっては、本人だけで法律上の手続きを行うことが難しくなり、成年後見制度が利用されることがあります。
成年後見人が選任されている場合、成年後見人は被後見人の財産を適切に管理する立場になります。
そのため、相続が発生した際に配偶者の遺留分が侵害されていれば、成年後見人が遺留分に関する対応を検討する可能性があります。
5.成年後見人から遺留分侵害額請求を受ける可能性
ここが今回のケースで特に注意したいところです。
たとえば、夫が亡くなり、
「財産はすべて長男と次男に相続させる」
という遺言が残されていたとします。
妻には認知症があり、成年後見人が選任されています。
この場合、妻の遺留分が侵害されているのであれば、成年後見人が遺留分侵害額請求を行う可能性があります。
つまり、
「本人が認知症だから請求されることはないだろう」
とは考えないほうがよいでしょう。
むしろ成年後見人が選任されている場合には、本人の財産上の権利を守るという観点から、遺留分について検討される可能性があります。
6.「妻には十分な財産があるから大丈夫」は要注意
実務上、よくあるのがこの考え方です。
「妻は自分名義の預金を十分持っているので、自分の財産を妻に渡さなくても困らない」
もちろん、実際の生活状況を考えることは重要です。
ただし、「妻に十分な財産がある」という事情と、「妻の遺留分がなくなる」ということは別問題です。
相続対策では、
「誰にいくら渡したいのか」
だけではなく、
「その内容にすると、他の相続人からどのような権利が主張される可能性があるのか」
まで考えておくことが大切です。
7.長男・次男に財産を集中させたい場合の注意点
「長男と次男には仲が良くないので、できるだけ遺産分割で揉めないようにしたい」
このような場合、遺言を作ること自体は非常に重要な対策になります。
ただし、遺言を作れば必ず揉めないというわけではありません。
たとえば、配偶者の遺留分を考慮せずに財産を分ける内容にすると、相続発生後に遺留分をめぐる問題が起こる可能性があります。
せっかく「兄弟で揉めてほしくない」と考えて作った遺言が、新たな争いのきっかけになってしまうこともあります。
相続対策では、「希望する分け方」を考えるだけでなく、「その分け方をした場合に誰がどのような権利を持つのか」を確認することが重要です。
8.遺言を作るなら「もし配偶者が先に亡くなったら」も考える
もう一つ、遺言を作成するときに忘れたくないのが、遺言者より先に相続人が亡くなるケースです。
たとえば、
「妻には財産を渡さず、長男と次男に相続させる」
という遺言を作ったとしても、その後に家族の状況が変わる可能性があります。
妻が先に亡くなる場合もあれば、長男や次男が先に亡くなる可能性もあります。
そのため、現在の家族関係だけを前提にするのではなく、
「もしこの人が先に亡くなったら、誰に財産を承継させるのか」
というところまで考えておくことが大切です。
必要に応じて、予備的な遺産承継方法を遺言に定めることも検討したいところです。
9.相続対策は「税金」だけではない
税理士として相続のご相談を受けるとき、どうしても「相続税がいくらになるか」に目が向きがちです。
もちろん、相続税の対策は重要です。
しかし、相続では税金以外にも、
・誰が財産を受け取るのか
・遺留分の問題はないか
・認知症の家族がいるか
・成年後見人が関係する可能性はあるか
・相続人同士の関係はどうか
・遺言の内容が実際の家族関係に合っているか
といった点を考える必要があります。
「税金が安くなる分け方」と「家族が揉めにくい分け方」が、必ずしも一致するとは限りません。
10.「誰に渡すか」だけでなく「揉めないか」まで考える
相続対策で大切なのは、「自分の財産を誰に渡したいか」という希望を明確にすることです。
一方で、その希望をそのまま遺言に書くだけでは、十分ではない場合があります。
今回のように認知症の配偶者がいるケースでは、配偶者の遺留分や成年後見人の関与まで考えておく必要があります。
「妻にはすでに十分な財産があるから、私の財産は子どもたちに渡したい」
という希望があるなら、その希望を実現するために、どのような遺言にすればよいのか。
そして、その遺言によって相続発生後にどのような問題が起こり得るのか。
ここまで事前に整理しておくことが、相続トラブルの予防につながります。
遺言は、「亡くなった後の財産の分け方」を決める書類です。
だからこそ、作成するときには現在の財産だけを見るのではなく、家族の将来の状況まで想像しておくことが大切です。
特に、認知症の配偶者がいる場合や、相続人同士の関係が複雑な場合には、税金だけでなく、遺留分や成年後見制度なども含めて早めに整理しておくと安心です。
※本記事は、提示された相談事例をもとにした一般的な解説です。実際の遺留分の額や遺留分侵害額請求の可否、成年後見人の具体的な対応などは、財産内容や家族関係、個別事情によって異なります。具体的な遺言・相続対策については、弁護士・司法書士等の専門家への確認もおすすめします。